2013-09-25 22:21:30
Prototype History 6
昨日の続きです。
1937年にダイムラーベンツの協力を経て生産された30台のVW30。
1920年にヒトラーがドイツ労働者党から国家社会主義ドイツ労働者党に改名しまするのですが、この党の通称名をナチ党と呼び、党員を含めた複数形がナチスと呼ばれます。
1923年にはヒトラーが首謀者となり有名なミュンへン一揆を起こしますが、鎮圧されナチス党は禁止となります。ヒトラーは逮捕され裁判も行いますが、無罪となり釈放。そして偽装した政党を立ち上げ議席を獲得していきます。
1925年にはヒトラー自身を護衛させる為に親衛隊を組織、これをナチス親衛隊=SSと呼びます。
このSSによってVW 30を国家機密とした歴史上類を見ない走行テストが昼夜行われる事になります。全車の平均走行距離は約8万キロ。費用は3万台分にもなりました。
この過酷なテスト期間中に問題がなかった訳ではなく、様々な問題も起きた訳ですが、どういった問題があったのかと言うと。
・凍った道路を走行中に羊の群れを避けようとブレーキを踏んでスリップし,
タイロッドを曲げる。
・凍った道路でスリップしフェンダーとフロントアクスルを破損。
・木の切り株にぶつけてフロントアクスルを破損。
・運転を誤って他の車と衝突しフェンダーとヘッドライトを破損。
・アウトバーンを高速走行中に鹿と衝突し大きく破損します。
これは最大の事故とされてます。
また、事故以外の細かな問題は、コンロッドボルト、ワイパーモーター、ピストンリング、エキゾーストバルブ、燃料ポンプ、ヘッドライト、発電機、ファンベルトの摩耗、エンジン内部のメタル類等があがったが、製造する段階で改善できる問題が多く、組付け不良による問題は容易に改善可能と判断。
加えてコストダウンによって生じたとされる問題が暖房が不十分、室内の騒音、前輪のあばれ、制動力不足等で走行テスト中に意見される課題だった。
続く