2013-10-24 22:44:43
Prototype History 20
続きです。
1945年のWW2終戦後、ヒトラーの掲げた国民車構想KDF wagenはドイツの重要な軍事施設となってしまいましたが、連合軍がWW2で勝利を収め終戦後はイギリス軍の管理に置かれます。
このときイギリスはヒトラーが命名したKDFを払拭しVolkswagenとしてリスタートさせる事を決定します。
こうして正式にVolkswagenが歩み始める事になるのですが、イギリスはポルシェ博士の設計した国民車を徹底的に調べた結果、魅力も将来性も感じる事が出来ずに吸収する事を避けました。そこでフランスやアメリカのフォードに委ねますが拒否されてしまいます。
こうしてVWとしてスタートした1945年に生産されたVWは約1800台とあります。終戦後に生産されたType1は優先的に連合軍の元にわたりますが軍事車輛等が多く含まれています。12月には本格的な生産を始めたとされていますが最初に生産された台数は55台とあります。
翌年の1946年には工場の建て直しに伴って生産台数が大幅に増えて約10,00台が生産されます。さらに1947年は前年より少し落ち込みますが、前年同様に約9,000台を生産します。
終戦後からの3年間で約21,000台が生産された事になりますが、この3年間に生産されたVWは個人的に希少なひとくくりとしての魅力を感じます。
特に現存する1945年のVWはイギリス軍仕様が多いです。
<1946 Pickup>
<1946 Conv Prototype>
<防音マット>
何故?1945-1948に生産されたType1がひとくくりに感じるかと言うと、国民車が一般的でもない時代の中で、敗戦という結果の終戦後間もない時期だった事。さらに加えて1948年にイギリス政府はドイツ政府にVWを返すことになるからです。
この広い世界、VW Fansの中には1949年から生産されたVWこそVWと思われる方もいるのではと思います。よって終戦後から1948年までに生産されたVWをひとくくりに見る事も出来ます。
続く